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札幌高等裁判所 昭和62年(ラ)49号 決定

抗告人(債権者)

北海道フォードトラクター株式会社

右代表者代表取締役

芝本尚武

右訴訟代理人弁護士

橋本昭夫

米屋佳史

相手方(債務者)

みのる産業株式会社

右代表者代表取締役

生本實

右訴訟代理人弁護士

久保井一匡

森信靜治

今村峰夫

主文

原決定を次のとおり変更する。

相手方は、抗告人が保証として金三〇〇〇万円を供託することを条件として、昭和六二年一〇月一日から昭和六三年九月三〇日までの間、北海道地域において相手方製造にかかる田植機を抗告人以外の者に販売してはならない。

抗告人の本件その余の申請を却下する。

申請費用は全部(原審の分も含めて。)相手方の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は「原決定を取り消す。相手方は北海道地域において、昭和六二年一〇月一日以降相手方製造にかかる田植機を抗告人以外の者に販売してはならない。」との裁判を求めるというものであり、その理由は別紙「抗告理由」に記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  抗告人が本件仮処分を求める理由及びこれに対する相手方の答弁、反論は原決定の主張の要旨として記載してあるところと同一であるから、これを引用する。

2  そこで本件仮処分の被保全権利である抗告人の相手方製造にかかる田植機の北海道地域における独占的販売権の有無について判断する。

本件疎明資料によれば、昭和五七年に改訂した本件契約の基本契約書にはその第一六条(1)に「この契約の有効期間は、昭和五七年一〇月一日より昭和五八年九月三〇日迄とする。但し、期間満了の三ケ月前迄に甲又は乙から契約内容の変更又は契約を継続しない旨の申し出のないときは、この契約は同一の条件で更に一年間継続するものとし、その後もこの例による。」との定めがあり、相手方は右条項をもつて期間満了の三ケ月前の当事者一方の申し出により本件契約は一年間の期間満了により当然終了する趣旨のものであるとして、昭和六二年六月二二日付書面により昭和六二年九月三〇日限りで本件契約を終了させる旨の通知を発し、この通知は同年同月二六日抗告人に到達したことが認められる。

しかしながら、本件のような独占的販売総代理店契約において右のような定めがあるからといつて、この一事によつて右の期間満了により当然契約が終了するものと解することは相当でなく、当事者の一方的告知により期間満了によつて終了するかどうかは契約締結の経緯、その性質、終了によつて受ける当事者の利害得失等、事案の特質に則して考察しなければならない。

本件疎明資料によれば、(1) 抗告人は札幌市に本社を置き日本全国においてトラクター並びに各種農機具の販売並びにそれに付随するアフターサービス、修理及び部品供給を業とするものであり、相手方は岡山県赤磐郡山陽町に本社を置く農機具メーカーであるが、抗告人は昭和四六年一一月二〇日相手方の要請により本件契約を締結したものであり、その際取り交わされた基本契約書によればその第一条に甲(抗告人)は乙(相手方)が製作する商品(土付成苗田植機、育苗箱“なえどこ”及び附属品、其の他甲乙協議のうえ適当と認めた乙製品)を買取り、これを販売するものとし、乙はこれを承諾した。尚、甲は乙が製作する商品と同一商品を他から仕入れ販売しないものとする。この契約の対象地域は北海道全域とする。とあり、その第九条には、甲の納入した商品の技術指導及びアフターサービスは甲が行ない、必要あるときは乙が協力する。乙は商品の補修部品を常時在庫し、甲の義務に支障を起さないよう供給する。と定められており、これによれば本件契約は継続的な商品供給契約の性質を有することと、抗告人の北海道全域における相手方製作にかかる田植機等の専売権を定めた契約であると認められ、更に右基本契約書の第一七条には契約の有効期間として、本契約の有効期間は昭和四七年六月三〇日迄とする。本契約は継続的契約であり期間満了の上は更に一年づつ自動延長するものとし、後日文書をもつて確認するものとする。但し期間満了時に於いて契約条項の改更を必要とする時は期間満了三ケ月前までに文書をもつて相手方に通知するものとする。と定められ、右規定は契約の継続を前提とした自動延長に主眼があり、有効期間一年の表現はせいぜい契約条項見直し期間の意味程度より持たなかつたものであつたこと、そしてその後本件契約は毎年右期間満了の日頃覚書で更に一年自動延長することを確認しながら自動更新されてきたこと、(2) 昭和五七年一〇月一日、本件契約の基本契約書が改定され、その第一六条には契約の有効期間として、この契約の有効期間は、昭和五七年一〇月一日より昭和五八年九月三〇日迄とする。但し、期間満了の三ケ月前迄に甲又は乙から契約内容の変更又は契約を継続しない旨の申し出のないときは、この契約は同一の条件で更に一年間継続するものとし、その後もこの例による。と定められるに至つたこと、そして、その後現在まで自動更新されてきたこと、右昭和五七年に基本契約書を改定した経緯は、昭和五六年当時農業機械の需要が下降傾向を示すと共に農機業界全体が経営悪化の状況にあつたところ、昭和四六年締結の基本契約書では生産協力金の名目で抗告人より相手方に発注総額の三〇%に相当する金員を前渡金として支払うことになつていたが、この方式を維持することが下部販売店との関係から困難となり、抗告人と相手方間で生産協力金の廃止と、商品代金の支払手形サイトを一〇日間短縮するという取引条件の重要な点について変更の合意がなされ、直ちに実行されていたので、これに即したように基本契約書を改定する必要があつたこと、又、昭和四六年の基本契約書には抗告人の専売権が明文化されていなかつたため、これを明文化することに主眼がおかれて基本契約書の改定がなされたものであること、その際前記のように旧一七条が一六条のように文言の変更がなされたが、この点について抗告人には実質的に変更を加える意思はなく、抗告人の担当職員が、当時抗告人が他のメーカーと取引契約を締結する際に利用していた契約の書式に、契約の有効期間の定めとして、「本契約の有効期間は、本契約調印の日より満 ケ年とする。但し、本契約期間満了三〇日前までに当事者いずれかより文書を以つて改廃を相手方に申し出なかつたときは、更に満一ケ年間自動的に延長される。その後も同様とする。」となつていたため、それを基礎として、毎年取り交わされていた更新の確認書を省略する趣旨で「本契約の有効期間は、本契約調印の日より満二ケ年とする。但し、本契約期間満了の三ケ月前までに当事者いずれかより改廃を相手方に申し出ないときは、更に一ケ年間自動的に延長される。その後も同様とする。」との案を提出したが、相手方から出された案が表現は若干異なるものゝ内容において同一であることから、そのまゝ相手方案を第一六条として定めたものであること、そして、右条項によつても契約の廃止に重点がおかれているものではなく、自動延長の点に主眼がおかれていることが明らかであること、(3) 田植機販売事業そのものは、購入する農家にとつて高額な投資となるため、田植機を買い換えることによつて、良品、安定、多収というメリットを求め、その納得を得るためには1.5年乃至三年の期間をかけて営業活動をする必要があり、又、その買換え等についても常時長期間に亘る継続的営業活動が必要とされ、単年度の営業を前提として事業をすることは不可能であること、右のように単年度の営業活動を前提としていない証左として、抗告人は相手方から仕入れた田植機につき昭和五七年度に七四台、昭和五八年度に三四台、昭和五九年度に五二台、昭和六〇年度に二三台、昭和六一年度に二三二台、昭和六二年度には六一台の各在庫を保有し、その金額は昭和六二年度において、田植機、その関連機器、部品等を含めると約一億二千万円にのぼることが認められ、このような高額の在庫を保有することは単年度の営業を前提としては考えられないこと、(4) 抗告人は本件契約以来本件田植機のソフト面における研究開発等及びその普及のため多大の資本と労力を投入していること、それによつて今日の販売実績があがつていること、(5) 田植機販売については各メーカー毎に販売網が系列化されており、抗告人が新規に他の第三者メーカーと田植機販売代理店契約を締結することは事実上不可能であること、(6) 本件契約が相手方の本件契約終了通告によつて終了するものとすると抗告人はこれまで十数年に亘つて形成してきた田植機の販売権益の全てを失なうことになるばかりか、田植機販売事業が抗告人の営業面において重要な比重を占め、単年度の粗利益で約三億円もの利益を計上し得なくなつて企業の存立に重大な影響を与えかねないこと、又昭和六二年度の田植機の在庫の処分損として約一億一六〇〇万円を計上しなければならないこと、以上のように抗告人は莫大な損害を被むるのに反し、相手方は何らの犠牲を払うこともなく、抗告人がこれまでに開拓した販売権益をその手中に納めることができ、極めて不合理であること、

以上の事実が疎明され、これらの事実、即ち、本件契約締結時の事情、本件契約の特質、その実態、昭和五七年の基本契約書改定の経緯、当事者の利害得失等に照らせば、たとえ基本契約書に本件契約の有効期間を一年間とする。期間満了三ケ月前に当事者の申し出のない限り更に一ケ年延長する旨の定めがあつたとしても、それが期間満了三ケ月前の当事者の一方的終了の意思表示によつて契約を終了させ得るものと解することは妥当ではなく、債務不履行又はこれに準ずる事由には限らないが、契約を存続させることが当事者にとつて酷であり、契約を終了させてもやむを得ないという事情がある場合には契約を告知し得る旨を定めたものと解するのが相当である。そして、相手方の主張する合理化の必要性その他の事由は未だ本件契約を終了させることを肯認するに足るやむを得ない事由とは認め難い。そうすると、相手方が昭和六二年六月二二日付書面及びその前後において口頭ないし書面によつてなした本件契約を終了させる旨の意思表示によつて本件契約は終了せず、抗告人は依然本件契約に基づき北海道地域における相手方製造にかかる田植機の専売権を有するものというべく、したがつて、本件仮処分の被保全権利の存在することは一応疎明があつたものと認められる。

3  保全の必要性について

本件疎明資料によれば、相手方は前記のとおり本件契約は昭和六二年九月三〇日をもつて終了する旨の通告を発し、昭和六二年一〇月一日以降北海道地域において相手方製造の田植機を直接抗告人以外の者に売渡そうとしていることは明らかであり、もしこのような事態に立ち至るならば抗告人は前認定のような莫大な損害を被むることは明らかであり、この損害は本案訴訟の結果を待つていては回復不能となる恐れがあるものと認められる。しかし、この種の紛争は、取引数量の未確定な将来にわたる包括的な売買予約を内容とする契約に関するものであり、また、長期化することによつて双方に多大の損害が発生することが予想されることもあつて、商取引の実情からみて、双互の協議・互譲により、短期間内に解決されることを期待してよいので、これらの点からすると相手方に対し長期間に亘つて仮処分によつて販売を禁止しておく必要性はなく、さし当つて、前認定の抗告人の昭和六二年度の田植機の在庫分を適正に処分するに必要な期間と考えられる昭和六二年一〇月一日から一年間に限つて、相手方の抗告人以外の者に対する本件田植機の販売を禁止すれば足るものと思われる。

三よつて、本件仮処分申請は右期間に限つて認容し、その余は必要がないものとして却下すべきであり、その保証としては、本件仮処分による競業避止義務の結果として相手方が受忍すべき損害額を考慮し、金三〇〇〇万円が相当と認められる。したがつて、これと異なる原決定を右のとおり変更することとし、民訴法九六条、九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官舟本信光 裁判官安達敬 裁判官長濱忠次)

別紙抗告理由

第一、従前の主張の維持

抗告人は、抗告審においても原決定事実摘示のとおり主張する。

第二、原決定の認定

一、原決定は、大要以下のとおりの認定及び解釈に基づき抗告人の本件申請を却下した。

二、原審において取調済である疎甲第一六号証の当事者間の販売総代理店契約第一六条(一)には、「この契約の有効期間は、昭和五七年一〇月一日より昭和五八年九月三〇日までとする。但し、期間満了の三ケ月前までに甲または乙から契約内容の変更または契約を継続しない旨の申出のないときは、この契約は、同一の条件で更に一年間継続するものとし、その後もこの例による。」との定め(以下、本件条項という。)がある。

三、債務者の昭和六二年六月二二日付け書面による契約終了通知は同月二六日までに債権者に到達した。

四、本件条項は、形式的には、当事者間の契約そのものの有効期間に関する定めであることは、文言上明らかである。

五、そこで、本件条項の効力を制限的に解すべき事情があるか否かが問題となる。

1、販売代理店契約においては、一年間の有効期間条項があっても当事者双方とも契約の継続を期待し、予定し、実際に長期に継続される例が多く、本件田植機販売についても同様であり、現に昭和四六年以来継続されてきた。

2、しかし、右1をもって明文の本件条項が法的効力を持たないとするのは相当でない。

(一)明文条項があるにもかかわらず、相手方が同意するか、相手方に明白な債務不履行がある場合しか契約関係を終了させることができないとするのは契約当事者の意思に合致するとは考えがたい。

(二)むしろ、相手方に契約関係を維持しがたい不信の念を抱いた場合とか、より有利な条件で第三者と契約を締結しようとする場合など自己の意思のみで契約を終了させる余地を残しておくのが、当事者の意思と条理に適う。

(三)右は、当事者双方が対等な立場にある場合はなおさらである。

3、取引が現実に長期間継続された場合であっても、それは当事者双方がその終了を欲しなかったことの事実上の効果にすぎない。

第三、原決定に対する抗告人の反論

一、前記第二の二、三及び四については異議がない。

二、同五について抗告人は、以下のとおり反論する。

1、本件条項の例文性に関する主張の補充

(一)既に抗告人において再々主張しているとおり、昭和四六年契約における有効期間条項および本件条項はいずれも取引慣行ないし社会的実態に反し、また当事者意思からも著しく掛け離れた定めであり、例文であるとの法的評価を免れないものであるが、右当事者の意思につき原決定が契約当時の経緯等につき何等の判断をしめすことなく、前記第二の五の2(二)のような当事者意思を擬制しており、右は明らかに実態に反するので、この点につき主張を補充する。

(二)まず当事者の意思を解釈するうえで以下の諸事実を看過することはできないものである。

(1)昭和四六年契約の有効期間条項については契約継続を前提とした自動延長方式規定であり、その有効期間一年は契約諸条件の改訂期間の趣旨にすぎないものであり、契約自体の有効期間を定めたものでないことはすでに主張しているとおりであるところ、これを改定した昭和五七年契約における本件条項も前記条項と同趣旨の規定であるものである。

(2)すなわち、昭和五七年契約へ改定した動機は、抗告人昭和六二年七月三〇日準備書面第一記載のとおり、当事者間の取引実態が昭和四六年契約と若干の齟齬を来してきたために、同契約を取引実態に符合させ、より合理的かつ円滑な取引が可能となるようにしたものである。抗告人の支払日の変更、生産協力金名目の前渡金方式の廃止、抗告人の独占的販売権の明定等がそれである。

(3)右が契約改定の主眼であったものであるところ、その際取引条件につき毎年確認文書を取り交わすという繁雑な手続を省略する必要性を意識した抗告人において前記改定事項とあわせて、期間を二年としたうえ確認文書の交換手続を不要とする条項案を作成し、被抗告人に対し提示したものである。この文案作成に当たっては当時抗告人がメーカーと取引契約を締結する際に使用する定型書式に則ったものであり、抗告人において不利益をもたらすような契約自体の有効期間を設定した認識及び意思はなかったものであるし、またそのような意思を有する筈もないものであった。

(4)この抗告人による改定案の提示に対して、被抗告人との間では右契約条件改訂期間条項については何等協議検討の対象とならなかったものであることはすでに主張しているとおりであり、これは一件記録より明白である。

(5)以上、要するに原決定が述べているような当事者意思は実態を無視した全くの擬制である。

2、田植機販売総代理店契約の特殊性

(一)一般に、販売代理店契約においては、メーカーから供給される商品を下部販売店及びユーザーに対して、継続的かつ安定的に、そしてその時々の市場の規模や動向に対応しながら計画的に供給してゆく必要上、長期にわたる取引を当事者双方とも当然に予定するものであって、短期間で終了すること、例えば一年間で契約期間が満了することが契約上明文規定として定められている場合であっても、当事者の意思としては有効期間条項の文言にかかわらず、それを越えて長期継続的取引関係を維持することを予定していることには変わりがない。とりわけ、当該商品の供給が販売代理店を通じて多数の下部販売店へ、そして一般ユーザーへと行われる販売・流通体系が確立されている場合にあっては、一層取引関係の長期維持継続に対する当事者の意思は強固かつ明白となるものである。このような販売代理店契約関係に内在する長期継続的要因及びこれを基礎付ける当事者意思を前提とするならば、仮りに短期の契約有効期間条項が存在していたとしても、その文言どおりの効力を全面的に認める解釈はとりえないものであるし、右文言と、当事者意思及び契約当時の慣行ないし社会的実態が掛け離れている場合にあっては、当該文言は例文であるとの法的評価を免れないものである。

(二)本件田植機販売総代理店契約についても右事情はそのまま妥当するものであるが、更に以下の諸点を指摘せざるを得ない。

(1)田植機の販売に関する取引の継続性は、他の販売代理店契約よりも一層強く要請されるものであり、抗告人が原審において提出した昭和六二年七月三〇日付け準備書面第三記載のとおりの営業実態からすれば、単年度での契約終了を前提としているものでは到底ありえない。抗告人は、右事実を、本件契約が前提とし、または内在しているところの、本件有効期間条項にたいする同条項の効力制限事由のひとつとして主張しているにもかかわらず、原決定は、この点についての判断をしていないものである。

(2)他の産業と異なり、農業とりわけ稲作については、国による長期を展望した継続的な保護育成政策が存し、これを前提としてユーザーである稲作農家は、田植機等の設備・機械をロング・サイトにて導入し、その維持管理についてもユーザーとディーラー、ディーラーと販売総代理店の信頼関係に基づく長期にわたるアフター・ケアが要請されるものである。ここにおいて、本件契約においてその有効期間が一年間と設定されたことの当事者意思を探求してみるならば、田植機販売及びケアにつき右のように長期にわたる安定的な、パーツを含めた商品供給体制、保証ないしケア体制の確立が必然的に要請されるという事情を当事者双方とも十分に認識し、またこれを希望し、ただ商品供給関係が長期に及ぶことに鑑み、田植機年度に対応させて、毎年の取引条件を検討し、またこれを改訂する趣旨で一年間という期間を設定したものであり、取引開始の当初より有効期間一年という定めは、その文言どおりの趣旨で定めたものではないものである。その意味において本件契約における有効期間条項は、契約期間の定めそのものとしては、例文でしかありえない。

(3)仮に、本件契約における有効期間一年間という定めについて有意的に当事者の意思を考察するならば、それは前記のとおり田植機販売およびケアについては長期安定的な責任ある体制づくりが要請され、ハード、ソフト両面にわたる膨大な資本投資が必然的に要求される関係上、メーカーにとっても販売総代理店にとっても、その取引開始期においては当然のことながら慎重な態度を取らざるを得ず、そこでいわば試験的契約期間を設定する趣旨で暫定的に一田植機年度に限って販売代理店契約を締結し、販売状況等の推移をみたうえ、本格的取引関係に入るというものである。しかしながら、本件田植機は、抗告人や下部販売店の営業努力により北海道ユーザーに好評のもとに受け入れられ、その販売台数を着実に伸ばし、他地区に類例を見ない高率のシェアを誇るにまで至っているものであり、被抗告人との間の販売総代理店契約も今日に至るまで十数年にわたり継続されてきたものである。このような事実に照らせば、もはや右試験期間的契約関係より脱し、本格的取引関係に入って久しい現在、右当事者意思は妥当しないものというべく、形式的文言どおりの適用を行うことは、右特殊事情を無視するものであり、許されない。なお、当事者間の契約は昭和四六年一一月二〇日に締結されて以来、同年契約の更新ないし延長という方式を採用しているが、これは毎年度契約書を取り交わすという手続を省略した便宜的措置にすぎず、右主張を左右するものではない。また、昭和五七年一〇月一日改めて契約書が作成されているが、これは抗告人の北海道地区における独占的販売権の明定および前渡金方式の廃止を主目的に締結されたものであり、本件条項につき有意的変更が加えられたものでないこと、抗告人昭和六二年七月三〇日付け準備書面第一記載のとおりであり、これまた右主張を左右するものではない。

(三)以上のとおり、本件契約は一回的売買契約ではなく、長期継続的契約であり、単に事実上ないし結果的に長期にわたって継続されたものではなく、本件契約に内在する特殊事情が本件契約関係の長期継続化を要求するものであって、それゆえに、本件契約関係を解消する場合には当事者の合意によるか、一方に債務不履行等継続的契約関係を維持することが出来ない信頼関係破壊事由がなければならないものである。原決定は前記第二の五のとおりの論点を掲げつつも、本件契約の特殊性につき判断することなく、実態に反する当事者意思を擬制し、本件条項による契約終了を是認したものであって、到底その取消を免れないものである。

(四)被抗告人や原決定の見解は、本件契約のみならず、有効期間一年の定めを持つ他の販売代理店契約の実態を無視するものであり、これによれば、契約当事者は何時契約終了となるやもしれないという極めて不安定な法的地位のもとにおかれ、正常な経済的活動が阻害されるおそれがあるものである。被抗告人や原決定の見解のとおり、もし本件条項にしたがい、何時でも契約の終了を主張できる性質の契約であるならば、当然在庫調整ないし処理などの販売総代理店契約終了時における当事者間の業務継承に関する処理条項または精算条項が設定されているべきものであるところ、本件契約にあっては右のごとき条項はなく、一田植機年度ごとの終了は、本件条項にかかわらず、これを予定していないものと言うべきである。右在庫については、多い年では三億円を超え、本年でも一億一六〇〇万円にものぼるものである。

(五)なお、原決定は当事者が対等である場合には、尚更明文条項が法的効力を持たないとすることはできないとしているところ、まず当事者対等性の有無がなにゆえに法的効力の有無に影響するのかの理由が判然としないうえ、いかなる意義において対等と解しているのか、これまた判然としていないものである。本件田植機販売について見れば、被抗告人は抗告人以外にも自由に販路を開拓しうる経済的地位にあるのに対し、抗告人においては被抗告人の田植機を扱えなくなることは、企業経営上重大な問題であり、被抗告人と競合関係にある他の田植機メーカーと新たに販売総代理店契約を締結することは事実上不可能であって、その意味においては、抗告人には契約当事者交替の自由はないものである。

第四、被抗告人の権利濫用

一、既に主張しているとおり、本件契約関係は長期継続性を内在しており、また事実十数年にわたり継続してきたものであるうえ、今後も継続することを前提に抗告人において販売活動の計画立案や下部販売店との折衝などを進めていたものであり、下部販売店を初めとして末端ユーザーに至るまで、抗告人において今後とも責任ある総代理店として被抗告人生産にかかる田植機についてのソフト面における研究開発を継続し、また指導してゆくことについて当然に予定し期待しているものである。

二、また、抗告人は既に原審において主張立証しているとおり、本件田植機の普及のため多大の資本と労力を投資し、他地区とは比較にならないほどの販売実績をあげてきたものである。

三、他方被抗告人は、かかる抗告人の努力によって他地区に類例を見ない高率のシェアを達成した矢先に、本件条項を口実として、以後は被抗告人の直接販売体制とする旨言明しているのであって、取引社会の信義を無視した所為に及んでいるものである。

四、このような事態となれば、抗告人が十数年にわたり費やしてきた資本と労力は水泡に帰することはもとより、抗告人が育成してきた本件田植機に関する販売・流通組織は、壊滅的打撃をうけるうえ、抗告人が販売総代理店として責任を負担していることに対するディーラーやユーザーの有形無形の信頼は完全に消滅してしまうものである。

五、以上から明らかなとおり、被抗告人の本件契約終了通告は、契約継続に対する抗告人の期待的利益を一方的に奪い、不測の損害を与えるものであり、信義誠実の原則に反し、権利の濫用と言わなければならない。

第五、保全の必要性に関する抗告人の主張の補充

一、原決定は被保全権利について誤った判断をなしたために、保全の必要性について何等言及することなく、本件申請を却下した。

二、しかし、昭和五七年契約の有効期間条項の改訂については、前記経緯のとおりであり、被保全権利の存在に関しては、疎明が十分であり、そこで保全の必要性について言及する。

三、被抗告人の契約終了の申入れが、本件仮処分で是認されるとすると、被抗告人は次のような極端な利益を受ける、つまり抗告人が十数年に亘って組織し展開してきた販売店に対する販売権益は被抗告人において何等の犠牲を払うことなく、自動的に被抗告人が有することとなり、しかも従来抗告人が得ていた利益は全て被抗告人の取得することに帰するということである。

四、一方、抗告人はこの時点で商品を供給されないことにより全ての販売店の信頼を喪失し、販売権を被抗告人に奪取されて田植機の販売事業から排除され、後日本案で勝訴したとしても時間の経過により、再度契約当事者として復帰することは不可能であるという回復不能な損害を被り、ひいては予定していた多額な粗利益を計上できないばかりか販売のために確保していた社員の人件費等の経費のみを支払うという企業の存立そのものに関わる危機を迎えざるを得なくなる。さらには、同様な契約を他のメーカーとも締結していることから、事業全体に受ける影響は多大なものである。逆に本件仮処分が認容されたとしても被抗告人の従来同様の利益は常に保証されていることとなり、何等の現状の変更をも招来しないし、損害も発生しないものである。第六、以上のとおりであるから、抗告審裁判所におかれては、早急かつ慎重に審理されたうえ、抗告の趣旨記載の裁判を賜りたく本件抗告に及んだ次第である。

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